論語 子罕9-2

子罕

【白文】
逹巷黨人曰、
大哉孔子。
博學而無所成名。
子聞之、謂門弟子曰、
吾何執。
執御乎。
執射乎。
吾執御矣。

【書き下し文】
達巷党たっこうとう人曰ひといわく、
おおいなる哉孔子かなこうし
博学はくがくにしてしか所無ところなし。」
子之しこれき、門弟子もんていしいていわく、
吾何われなにをからん。
ぎょらんか。
しゃらんか。
われぎょらん。」

【現代語訳】
達巷地域の人が言った。
「偉大なものだな、孔子先生は。
広く学問を学びながら、特に決まった分野での名声をお持ちになっていないのだから。」
先生がこれを聞いて、門弟たちにおっしゃった。
「それならば私は何の専門家になろうかな。
御者になろうかな。
(それとも)射手になろうかな。
私は御者になろう。」

ハチ

達巷党の人が、孔子が特定の分野に偏ることなく、広く学問を身につけていることに感嘆した場面です。

特に専門文野を限定することなく広い知識をもっていることに感嘆したのですね。

ハチ

その通りです。
褒められた孔子は、それでは何の専門家になろうかなと発言しています。
茶目っ気のある孔子のユーモアが感じられます。

1つ質問があります。
学問をするときには専門分野を決めず広い知識を求めた方がよいのですか。

ハチ

学問に決まった道はありません。
1つのことを徹底的に究める学問があっても良いと思いますし、幅広い視野で様々な知識を学ぶ学問もあって良いのではないかと思います。
ただ、1つアドバイスすることがあるとすれば、特に若いうちは様々な分野に興味のアンテナを張って欲しいということです。
自分が思っている分野以外のところに自分の適性が存在することもあります。
様々な分野に見聞を広めてから専門分野を究めていければ、より幅の広い人間になれるのではないでしょうか。

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